現在の白内障手術は、目の傷口がほんの数mmと小さく、患者さんの目にとって非常に負担の少ない手術法となっています。
しかしどれほど小さな傷であっても、手術である以上、目への負担はゼロではありません。ときには手術そのものがきっかけとなって、目にトラブルが起きてしまうこともあります。
そんな白内障手術後に起きやすい合併症の一つに、「黄斑浮腫」があります。

手術後に起こる黄斑浮腫の多くは一時的なもので、自然に治るケースもあります。しかし、なかには症状が長引く例もあり、そのまま放っておくと視細胞が障害を受け、視力障害につながることもあるので決して油断はできません。
そこで今回は、術後に起こる黄斑浮腫について、詳しく取り上げてみたいと思います。

黄斑浮腫の症状は網膜の「黄斑」にむくみが出る

目の中に「網膜」という組織があることは、皆さんも聞いたことがあるのではないでしょうか。
網膜は、眼球の内壁にある神経細胞でできた膜です。目に入ってきた光を網膜が感じ取り、その情報が電気信号として脳に送られると「見える」のです。網膜は脳の一部なのです。
目の構造

【目の構造】

そして「黄斑」というのは、網膜を正面から見たときにほぼ中央にある、直径1.5~2mmほどの小さな組織です。網膜のほかの部分より黄色が濃く見えるので、黄斑といいます。
黄斑は網膜のなかでももっとも光に敏感な部位であり、特に黄斑の中央にある中心窩というくぼみは、見たいものの形や色、奥行き、コントラストなどをクリアに見る機能を担っています。視力の大部分を生み出していて、私たちが読書やテレビ、ウェブサイトの閲覧などで細かい文字や画像もきちんと見分けられるのは、この黄斑の中心窩のおかげといえます。

実は、黄斑はヒトを含む高等霊長類のみに進化した高度な視覚器官です。黄斑が生まれたことで微細なものを見る力、すなわち高い視力が人に備わりました。文字を読み、人の表情も読み取ることができるようになったのです。
すなわち黄斑が生まれたお陰で文字が生まれ文明が築かれ、ヒトに表情筋が発達して顔に表情が宿ったといえます。黄斑は、ヒトの存在そのものと言えるかもしれません。それだけに黄斑の病気は困るのです。

網膜の血液中の水分が沁み出て「黄斑」にむくみが出る症状

黄斑浮腫とは、黄斑に余分な水分がたまり、むくみ(浮腫)が出る症状をいいます。
網膜にはたくさんの血管が張り巡らされていますが、何らかの理由で網膜の血管壁がゆるんで血液中の液体成分が漏れ出てしまい、それが黄斑の中にたまって、むくみを引き起こします。

最初は小さなむくみから始まり、ものがゆがんで見えたりします。やがて黄斑の光を感じる神経細胞(視細胞といいます)にまでむくみが及ぶと、著しい視力障害が起こります。放置してしまうと網膜の神経が障害され、むくみが改善しても視力が回復しないこともあります。

黄斑浮腫を引き起こす3つの原因

黄斑浮腫が起こる原因として多いのは、糖尿病黄斑浮腫や網膜静脈閉塞症といった網膜血管の病気によるものです。これらはいずれも網膜の毛細血管や静脈に異常が生じ、黄斑に浮腫が発生するものです。
それに対して、白内障の術後合併症としての黄斑浮腫は、手術による炎症が黄斑にまで及ぶことでむくみが出ると考えられています。術後数週間でみられることもありますが、多いのは3か月後以降になってからです。
場合によっては、手術から数年が経過していても黄斑浮腫が起こることもあります。

糖尿病黄斑浮腫

長期間高い血糖が続くと、網膜の毛細血管が傷んでいきます。やがて、毛細血管に小さな瘤<コブ>(毛細血管瘤<モウサイケッカンリュウ>といいます)ができて血液成分が漏れ出します。やがて瘤のない毛細血管も緩んできて血液成分が漏れ始めます。こうして漏れ出した血液成分は黄斑部に集まり腫れるのです。「糖尿病網膜症」と並んで、目に生じる代表的な糖尿病の合併症です。

網膜静脈閉塞症

網膜静脈閉塞症は、高血圧の高齢者の方に起こりやすい病気です。高血圧で硬くなった動脈が接している静脈を圧迫して血栓が生じやすくなります。
静脈が詰まると行き場を失った血液が静脈から漏れて網膜出血を起こします。漏れ出た水分は黄斑に集まり黄斑がむくんでしまいます。

白内障の術後合併症

白内障手術によって細胞がストレスを受けると、プロスタグランジンなどの炎症性物質がたくさん放出されます。それが目の中の硝子体を通って黄斑の血管に到達すると、網膜の血管壁がゆるんで血液成分が漏れ出してくることがあります。
Irvine先生とGass先生が見つけたので、Irvine-Gass(アーバイン・ガス)症候群とよばれます。

特に昔は、目を大きく切開して白内障手術をしていたため、炎症が強く起こり、白内障の手術後に黄斑浮腫が起こることが少なくありませんでした。最近は、超音波乳化吸引術という切開の小さな手術法になったため、以前に比べれば発生頻度は激減しています。
ただし今でも水晶体を包んでいるふくろが破れ、硝子体切除手術を行ったようなケースでは、手術が目にかける負担が大きい分、炎症も強くなって黄斑浮腫が出やすい傾向があります。

また、もともとぶどう膜炎を患っていた方や糖尿病網膜症などの網膜血管の異常のある方は、術後に黄斑浮腫が起こりやすいともいわれています。

中心の視野がかすむ、ゆがむ、視力が落ちるなどの症状が出現

黄斑浮腫が生じると、見たいと思うところ、すなわち視野の中央に見えづらさやゆがみが出てくるのが特徴です。白内障の手術を受けた後に、下のような症状が出てきたときは、経過観察を受けている眼科を受診してください。

  • 視野の中央がかすんで見える
  • 人の顔や文字がゆがむ
  • 視力が落ちる
  • コントラスト感度が低下する(色の濃淡や明暗が見えにくい)
  • ものが小さく見える
  • 黄斑浮腫の治療

    まずは薬物治療

    白内障手術後に黄斑浮腫が生じたら炎症を抑える点眼薬を処方します。
    一般に白内障の手術後には、ステロイド系抗炎症薬と非ステロイド形の消炎薬の2 種類で術後炎症をたたきます。ステロイド薬は抗炎症作用が強いのですが、長期に使用すると眼圧が上がり緑内障のリスクになるため、2週間ほどの短期の使用が目安になります。
    一方、ネバナック、ジクロードなどの非ステロイド系の消炎薬はそうした制限はないので、黄斑浮腫を予防するために術後3 ~6か月ほど、点眼を継続してもらいます。

    黄斑浮腫が出たとき術後点眼が終了している場合は、ステロイド系抗炎症薬と非ステロイド形の消炎薬を再開します。これで治る黄斑浮腫もあります。
    点眼薬で治らない場合は、ステロイド懸濁液(ケンダクエキ)を白目に注射する方法もあります。マキュエイドというステロイド製剤は、スローリリース(ゆっくり溶けて長く効く)設計の薬で、1回の注射で数か月は効果が持続します。この場合もステロイドによる眼圧上昇に気をつける必要があります。

    糖尿病や静脈閉塞症が背景にある場合はVEGF阻害剤による薬物療法

    糖尿病網膜症や静脈閉塞症の起きた目は白内障手術後の黄斑浮腫が起きるリスクが高まります。元々、血管内皮増殖因子(VEGF)という因子が産生されていて黄斑浮腫が起きやすい状態にあるからです。
    点眼治療やステロイド注射の効果が乏しい場合、VEGF阻害剤を眼内に注射する治療を試みるのも治療の選択肢の1つです。

    硝子体を除去して治療を施す硝子体手術

    こうした薬物療法やVEGF阻害剤で効果を得られない難治症例は、硝子体手術によって治療を行います。眼球に小さな穴を3つあけて細い手術器具を差し込んで、炎症の舞台である硝子体を切除し、内境界膜という網膜表面の膜を剥離除去します。そうすることで、炎症の原因となる物質が網膜表面に溜まらないようになり黄斑浮腫が解消します。

    ただし、これらの治療を行ってもすぐに視力が回復するとは限りません。回復までに時間がかかる例もありますし、再発を繰り返すこともあります。眼科医の指示を守りながら、根気よく治療を続けていくようにしてください。

    まとめ

    • 白内障手術の後に、網膜の黄斑がむくむ「黄斑浮腫」が起こることがある
    • 術後に視野の中心がかすむ、ゆがむなどの症状が現れたら、黄斑浮腫の疑いがあるので眼科を受診
    • 黄斑浮腫は、ステロイド薬や非ステロイド形の抗炎症薬で根気よく治療をして、治りにくければ硝子体手術で治療する

    執筆者プロフィール

    はんがい眼科院長 板谷正紀

    京都大学眼科で網膜と緑内障の研究と臨床に従事。白内障手術、緑内障手術、硝子体手術などを駆使する術者として技術練磨に勤む。埼玉医大眼科教授、日本眼科手術学会総会長、埼玉県眼科医会理事、埼玉腎・アイバンク専務理事などを歴任。

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