一般的に行われている白内障手術「超音波乳化吸引術」は、すべての外科手術のなかでももっとも安全な手術のひとつといわれます。しかし少数ではありますが、この手術が難しくなってしまう「ハイリスク白内障」があります。

ハイリスク白内障に分類される症例のなかで特に手術が難しくなるのが、水晶体と周りの筋肉を結びつけ水晶体を固定している「チン小帯」が弱くなっているケースです。

チン小帯といっても、多くの人は何のことかピンとこないかもしれませんが、目がピントを合わせることができるのはチン小帯のお陰ですし、水晶体がいつも目の真ん中に安定してあるのもチン小帯のお陰です。
その大切なチン小帯が弱かったり、切れていたりすると白内障の手術は急に難しくなりますし、術後の眼内レンズの固定も悪くなります。

水晶体は目の中に浮かぶ浮島な様なもの。水晶体はチン小帯で支えられています。チン小帯は白内障手術の命。これほど大事なチン小帯。
あなたのチン小帯は大丈夫でしょうか?これから白内障手術を検討されている方は、ぜひ知っておいてください。

水晶体のふくろと周囲の筋肉をむすぶチン小帯とは

そもそもチン小帯とは

チン小帯とは、水晶体を包んでいるふくろ(水晶体嚢)と、その周囲の筋肉・毛様体筋をつないでいる線維組織です。

より詳しくいうと、毛様体筋は、水晶体の周囲をぐるりと囲むリング状の筋肉ですが、そこから細い糸のようなチン小帯が無数に伸びて、中央にあるマーブルチョコ形状の水晶体をハンモックのように吊っているような感じです。
チン小帯一本一本は非常に細いものですが、たくさんの数が集まって水晶体をつなぎとめています。

チン小帯

チン小帯がピント調節に果たす役割

チン小帯はこのように非常に微細な組織ですが、実は私たちが普段ものを見るときに大活躍しています。
遠くを見るときは、毛様体筋が緩んでリングが広がると、チン小帯はまわりに広がるように引っ張られ、これによって水晶体もまわりへ引っぱられて薄くなり、遠くにピントが合います。

逆に近くを見るときは、毛様体筋はギュッと収縮してリングが狭くなり、チン小帯はゆるみます。
そうすると水晶体にかかっていたチン小帯からの力はゆるみ水晶体は本来の厚みへと戻るのです。すなわち水晶体は厚くなって、近くにピントが合うようになります。

チン小帯が弱くなると白内障手術の難易度がアップ

チン小帯は水晶体を安定的に固定する役割もあります。チン小帯が広い範囲で切れると、水晶体が本来の位置からずれてしまうこともあります(水晶体脱臼)。
さらにチン小帯断裂が全周に及ぶと水晶体は目の奧に落下します(水晶体落下)。

白内障手術では、チン小帯が健全なら、手術中も水晶体はチン小帯により固定されているため安心して手術ができます。
ところが、チン小帯が伸びてゆるんでいたり、部分的に切れてしまっていたりすると、水晶体が不安定になり手術の難易度が途端に上がってしまうのです。

一番怖いのは、超音波乳化吸引の操作中に水晶体のふくろが吸引口に吸い込まれて破れてしまうことです。
特殊な工夫をして、なんとかふくろを破らずに水晶体の中身を取り除けたとしても、そのままでは眼内レンズを真ん中に傾かずに固定することが難しくなることが多いのです。
通常の白内障手術とは異なるいくつかの特殊な技術を駆使して白内障手術を行います。これができれば、術後よく見える目にすることができます。

チン小帯が弱くなる原因は加齢や外傷、
「落屑症候群」など

チン小帯が弱くなる原因には、次のようなものがあります。

加齢による弱化

年齢が高くなると、肌にもハリがなくなるように、新陳代謝が遅くなって支持組織は弱くなります。皮膚と同様に支持組織であるチン小帯も例外ではありません。年齢が高くなるほどチン小帯が徐々にゆるんでいきます。

もちろん個人差があるので一概にはいえませんが、一般には80歳を超えると、チン小帯の弱い目が急に増えるイメージがあります。

落屑症候群

「落屑症候群」とは、瞳孔や水晶体に白い粉のようなものが沈着してくる症状をいいます。これは、チン小帯が弱くなる代表的な病気です。

白い粉のようなものは落屑とも偽落屑ともいいますが、これがチン小帯に付着すると、チン小帯が弱くなって断裂が起きやすくなります。落屑症候群で前房(角膜と水晶体の間のスペース)が浅い目は、本当にチン小帯が脆くなってしまっており手術は困難を極めます。
落屑症候群が起こる原因は詳しくわかっていませんが、LOXL1という遺伝子のあるタイプで起こりやすいことがわかっています。高齢になるほど症例が多くなることが知られており、実際高齢化が進んでいる地域の方に多く見かけます。

落屑症候群があるとチン小帯が弱くなるだけでなく、緑内障になりやすくなります。落屑緑内障といいます。落屑緑内障は、進行が速く、手術が効きにくいなど通常の緑内障よりも治療の難しい緑内障です。
この落屑緑内障の目で白内障が進み手術が必要になったとき、最も困難な状況が生まれることがあります。なんとか水晶体のふくろを破らずに手術はできたが、チン小帯が180度以上切れていて、ふくろの中に眼内レンズを固定することは難しいとなったとき、眼内レンズ縫着や眼内レンズ強膜内固定術で眼内レンズを固定します。

ところが、眼内レンズ縫着や眼内レンズ強膜内固定術では、白目の結膜を切るため緑内障手術が効きにくくなるというジレンマが生じるのです。
最近は、結膜をあまり切らなくても済む強膜内固定術が考え出されています。落屑緑内障の方は緑内障も深く理解している眼科医に白内障手術をうけるべきだと考えます。

【落屑症候群にかかっている目のスリット写真。水晶体の表面や瞳孔の縁に白い粉が付着している】

事故、外傷による断裂など

目の周辺を強くぶつけた、ものが目に当たったといった場合も、注意が必要です。交通事故でも時折、事故の衝撃で虹彩がちぎれてしまう虹彩断裂などが起こることがあります。
こういうケースでは目に強い外圧がかかることで、チン小帯がゆるんでしまったり、切れてしまったりすることがあります。

過去に交通事故に遭った、ボールなどが目に当たったといった経験がある人は、その情報も眼科医に伝えておくと安心です。

緑内障や網膜剥離の手術による影響

緑内障手術や網膜剥離などの手術を受けた目はチン小帯にダメージがある場合があります。もともとの病気の影響か、手術の影響か判然としませんが、チン小帯に問題があるリスクを想定しておくべきです。

チン小帯が弱い場合に必要となる
4つの特殊な手術テクニック

超音波乳化吸引を完遂し、眼内レンズを確実に固定するための2つのテクニック

チン小帯が弱くなっている目の白内障手術は2つのポイントがあります。
(1)不安定な水晶体のふくろを支えながら超音波乳化吸引を完遂する、(2)眼内レンズを確実に固定する、の2つです。チン小帯が切れると、水晶体のふくろが不安定になり、そこに眼内レンズを入れても傾いてしまって視力が十分に出ないからです。ときには、水晶体や眼内レンズが目の内部に落ちてしまうこともあります。

以下に、チン小帯が弱い場合に有効な手術テクニックをまとめます。

(1)不安定な水晶体のふくろを支えながら超音波乳化吸引を完遂するためのテクニック

①丸い前嚢切開に4本程度のフックをかけて支えながら超音波乳化吸引を行う
チン小帯が弱かったり切れていたりすると簡単に水晶体のふくろが吸い込まれて破れてしまいます。そこで丸く切開した前嚢に4カ所フックをかけて吸い込まれにくいようにして超音波乳化吸引を行います。

【切開した水晶体のふくろにフックをかけて固定する】

②高分子ヒアルロン酸で水晶体核が無くなったふくろのスペースを膨らまして超音波乳化吸引を行う
超音波乳化吸引が半ば進んだ頃、水晶体核が取り除かれ空になった部分のふくろは、たとえフックで支えていても赤道部分が吸い込まれてきます。
そこで固まりやすい高分子ヒアルロン酸を吸引除去した核の代わりに注入してふくろがふくらんだ状態で超音波乳化吸引を行います。

(2)チン小帯が断裂している場合に眼内レンズを固定するテクニック

①チン小帯が断裂している範囲が目安として120度以内の場合
「水晶体嚢拡張リング」を水晶体のふくろの中に挿入してふくろを補強した上で眼内レンズをふくろのなかに入れます。

【水晶体嚢拡張リング】

②チン小帯が断裂している範囲が120度を越える場合
水晶体のふくろでの固定はあきらめて、「強膜内固定術」や「眼内レンズ縫着術」で目の強膜という丈夫な壁に固定します。
「強膜内固定術」はこの10年で発展し主流になってきています。いずれにせよ硝子体をきれいに切除して行うことが重要です。

目の手術については、こちらのコラムでもご紹介しております

目の手術は怖くない!知っておきたいこと

強膜内固定術

目の強膜(いわゆる白目の部分)に小さな穴を2か所あけ、そこに眼内レンズのループ(足)を差し込んで固定する手術法です。



【強膜内固定術】

眼内レンズ逢着術

眼内レンズのループ(足)を、目に糸で縫い付けて固定する手術法です。この手術では、複雑な縫合の技術が必要になります。

「自覚症状」はなし。
眼科できちんと検査を受けることが重要

このようにチン小帯が弱くなっていると、白内障手術にも特殊な技術が必要になります。ただし、チン小帯が伸びたり切れたりしていても、自覚症状はまずありません。
チン小帯が弱くなることで知られる「落屑症候群」にしても、自分で鏡の中の目をのぞき込むと白い粉が見える、というものではありません。やはり眼科での検査によって、こうした症状がないかどうかを診てもらうことが大切です。

眼科では、患者さんがあごを台に乗せ、医師が目に細い光を当てて目の状態を見る「細隙灯顕微鏡検査」というものがあります。この検査で見ると、チン小帯が弱くなっている人は、眼球を上下左右に動かすと、ぶらぶらになった水晶体が揺れる(水晶体震盪)こともありますし、瞳孔から水晶体がずれて伸びたヒモが見えるようなケースもあります。

ほかにも、落屑症候群の有無や水晶体が前に出ている(浅前房)かどうかなども、各種の検査でおおむねわかります。なかには、座位で行う細隙灯顕微鏡検査ではチン小帯の異常は見いだせず、手術を開始してはじめて気がつくケースもあります。
常に油断せずチン小帯のことを想いながら手術を行うことが大切なのです。

検査をすることで、あらかじめチン小帯が弱いことが予想できる場合が多いですので、術前にしっかり目の状態をみてもらうことが大切です。

ハイリスク白内障のまとめ

  • ハイリスク白内障のなかで最も手術が難しいのがチン小帯が弱くなっているケースが挙げられます。
  • チン小帯が弱いと、水晶体のふくろが破れるなどのトラブルのリスクが高いです。ふくろを安定化させる特殊な手術テクニックで対応できます。
  • チン小帯が断裂している範囲が広い場合には、眼内レンズを目の壁に固定する手術が必要になります。

執筆者プロフィール

はんがい眼科院長 板谷正紀

京都大学眼科で網膜と緑内障の研究と臨床に従事。白内障手術、緑内障手術、硝子体手術などを駆使する術者として技術練磨に勤む。埼玉医大眼科教授、日本眼科手術学会総会長、埼玉県眼科医会理事、埼玉腎・アイバンク専務理事などを歴任。

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