0.5ミリほどの厚さの角膜は、眼球を保護する壁であり、光を取り入れる窓であり、レンズでもあります。透き通るようなきれいな瞳は、角膜が透明であるからこそ。それが当たり前のようになっていると、そのありがたさをつい忘れてしまいがちですが、次に説明する特性があり、失われてしまうこともあります。角膜は大きく分けて、外側から順に、上皮、実質、内皮の3層から成っていますが、最も内側に位置する内皮は、角膜の透明性を維持するうえで欠かせない存在です。ところが細胞分裂をしないため、いったん損傷を受けると再生することはできません。損傷を受けた範囲が広がると、角膜が濁り、光が網膜まで届かなくなって視力が低下し、日常生活に支障をきたすようになります。
このような状態まで進行すると、最終的には角膜移植で治療するしか方法がないのですが、ドナー角膜が圧倒的に不足しているため、角膜移植待機患者が大勢いて、なかなか移植手術を受けられないといった課題があります。しかし近年、角膜再生医療の研究が進んだことで、ドナーを必要としない角膜内皮障害の治療法が実用化に至ろうとしています。今回は、角膜の病気と治療、研究が進む角膜再生医療についてご紹介します。

角膜のもっとも深い層にある角膜内皮の働き

角膜には血管がありません。あたりまえですが、血液があると真っ赤な視界になってしまい、モノが見えなくなります。血管を持たない角膜は、血液の代わりに水(房水)を通して酸素や栄養を取り入れています。この働きを担っているのが角膜内皮です。栄養を含んだ房水を角膜の中間層「実質」へ送ったり、不要になった房水を吸い出したりして、角膜にとって必要不可欠な栄養ポンプの役割を果たしているのです。

【角膜の構造】

ひとたび傷つくと再生できない角膜内皮

ところが、万能でたくましいイメージを持たれがちな角膜内皮にも、弱点があります。それは、ひとたび損傷すると再生できない、というナイーブな一面を持っている点です。たとえば外傷やコンタクトレンズの誤った使用による酸素不足などで、ひとたび損傷すると、角膜内皮の細胞は元に戻ることはできません。内皮細胞は上皮細胞と異なり、細胞分裂を行わないため、再生する力がないのです。この欠点があるからこそ素晴らしい部分があるのかもしれませんが、いずれにしろ損傷を受けた部分を放置すると、角膜内皮全体の機能が次第に低下していきます。周囲の正常な内皮細胞が面積を拡大して、損傷を受けて失われた細胞を補おうとしますが、それにも限界があります。内皮細胞が損傷し、その密度が一線を超えて希薄になると、不要になった房水がうまく排出されなくなるため角膜にむくみが生じ、角膜の透明性が維持できなくなります。それが角膜内皮障害で、その代表が水疱性角膜症です。

水が溜まり角膜が白く濁る水疱性角膜症

角膜内皮にむくみが生じても、それが部分的であるうちは、特に症状は現れません。しかし、むくみの範囲が広がると、かすみ目になってきます。角膜の表面の上皮細胞がはげやすくなるため、強い痛みを感じるようにもなります。代表的な水疱性角膜症では角膜内に水がたまり、角膜が白く濁った状態になります。

角膜内皮が損傷を受ける原因とは

角膜内皮が障害される主な要因には、以下のようなものがあります。
・緑内障の発作などによる急激な眼圧の上昇
・ぶどう膜炎などの眼内の炎症の進行
・目の外傷
・コンタクトレンズの不正使用による角膜の酸素不足
・硝子体手術・白内障手術・緑内障手術などの内眼手術の合併症として

実績を積みつつある角膜移植術

むくみが生じても軽度であれば点眼薬で解消できます。目の痛みが強く出ている進行例では、治療用ソフトコンタクトレンズが処方されることがあります。さらに進行した場合、角膜移植手術が考慮されます。最新の移植法は、提供されたドナー角膜の内皮と実質の一部を移植する方法です。糸で縫合しない点に大きな特徴があり、術後の乱視などが軽減され、視力改善が順調に行きやすいすいというメリットがあります。

開発が進む角膜再生医療 ~あのiPS細胞で角膜内皮の再生ができるかも~

ただ、実際の臨床現場では、献眼によって提供されるドナー角膜が圧倒的に不足しているため、移植手術の順番を待っている角膜移植待機患者が大勢います。こうした状況を受けて、いま盛んに行われているのが、角膜再生医療の研究です。すでに、大阪大学未来医療センターが中心となって開発した新しい治療法「自己培養口腔粘膜上皮細胞シート移植術」の治験が、現在、複数の施設で行われています。「自己培養口腔粘膜上皮細胞シート移植術」とは、患者さん本人の口腔粘膜細胞から上皮細胞を分離し、約2週間培養してシート状にし、傷んだ角膜に張り付けることによって状態を改善させる治療法です。ただし、この方法は今のところ、角膜のうち表面の上皮の再生に限定した方法です。細胞分裂をしない角膜内皮では細胞が増殖することはないのでシートを作成することはできないからです。
ところが、いま、iPS細胞を用いて角膜内皮細胞シートを作製する研究が行われ、実用化もそう遠くないといわれています。このiPS細胞を用いた「角膜内皮細胞シート移植術」の実用化が実現すれば、角膜内皮障害である水疱性角膜症に対する画期的な治療法となるでしょう。

板谷院長のひとことアドバイス

細胞分裂をしない角膜は、いったん損傷を受けると再生することができません。角膜移植の開発が進歩することは好ましいことですが、コンタクトレンズの取り扱いを注意するなど、普段の生活から角膜を保護する意識を持つことが大切です。

まとめ

  • 損傷を受けた角膜は、その損傷範囲が広がると視力が低下し、日常生活に支障をきたすようになります。
  • 最新の角膜移植手術法では、術後の乱視などが軽減され、視力改善が順調に行きやすいというメリットがあります。
  • いままでは角膜移植で治療するしかありませんでしたが、iPS細胞を用いた「角膜内皮細胞シート移植術」の実用化も近いといわれています。

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執筆者プロフィール

医療法人クラルス はんがい眼科 理事長 板谷正紀

京都大学眼科で網膜と緑内障の研究と臨床に従事。白内障手術、緑内障手術、硝子体手術などを駆使する術者として技術練磨に勤む。埼玉医大眼科教授、日本眼科手術学会総会長、埼玉県眼科医会理事、埼玉腎・アイバンク専務理事などを歴任。

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